前回まではBtoBデジタルマーケティングを中心に、バーチャル経営における販促と集客の方法を解説してきました。今回からは、バーチャル経営の実践編として「新規事業の立ち上げ・運営」について解説していきます。
中小企業の新規事業成功率は「1~3割」
2010年代に入り、日本でも「VUCA」というワードを頻繁に目にするようになりました。VUCAとは不確実で混とんとした現代を表す造語です。ビジネスの世界はVUCA時代に突入しており、変化のスピードは日に日に勢いを増しています。コロナ禍を機にさまざまな市場が勃興する中で、中小企業が新たな収益の柱を創るためには、どのような施策が必要なのでしょうか。また、新規事業が軌道に乗らない理由はどこにあるのでしょうか。
今、企業経営には「探索」と「深化」のバランスが求められていると言われています。探索とは「認知の範囲を拡げ、新規事業を創り出すこと」、深化とは「探索で得られた知見をブラッシュアップすること」です。探索と深化がうまくサイクルすることで、既存事業の強化と新規事業の開拓が進み、破壊的なイノベーションや激しい市場の変化に対応できる企業が出来上がるとされています。この2つは既存事業の強化と新規事業の開拓を並行する「両利きの経営」※1 の要素としても知られています。
日本企業は、既存事業の強化については、一定のノウハウを有しているかもしれません。しかし、新規事業の創出についてはどうでしょうか。統計を見る限り、日本の中小企業が新規事業を成功させる確率は決して高くありません。
2017年版の中企業白書を参照すると、中小企業の新規事業成功率は「3割程度」と推測されます。※2 また、日本政策金融公庫が2013年に発表した調査※3 では、新規事業に挑戦した企業のうち、「13%」が成功と回答しています。こうした調査結果を俯瞰すると、日本の中小企業が新規事業を成功させる確率は1~3割程度と言えるのではないでしょうか。
新規事業展開における課題は?
ちなみに新規事業展開における課題としては、「ノウハウ不足」「人材不足」「販路開拓」「事業の見極め」などが挙げられています。しかし、実はもっと困難な課題が横たわっていると感じています。それは「市場の見極め」です。どれだけお金と人を投下したとしても、市場が消失してしまえばそこに商機は発生しません。また、市場が成熟してしまうと、大手企業との体力勝負を強いられるため、十分な利益を確保しにくくなります。したがって、新規事業を軌道に乗せるためには「市場が形成される直前、直後」のタイミングを見極め、迅速な参入と撤退を繰り返しながら、試行錯誤を重ねる必要があるわけです。この「見極め」の難易度が、どんどん上がっているのです。
※1 1991年にスタンフォード大学のジェームス・マーチ教授が発表した「Exploration and Exploitation in Organizational Learning(組織学習における探索と活用)」で示された経営理論
※2 2017年版 中小企業白書 第2部第3章第3節 「中小企業における新事業展開の成功要因」より算出
※3 日本政策金融公庫「中小企業の新事業展開に関する調査」(2013)
VUCA時代に難易度が増す新規事業立ち上げ
市場の見極めが難しくなっている原因は、冒頭でも触れた「VUCA」にあると考えています。VUCAとは、以下4つの単語の頭文字をとった造語です。
- Volatility(変動性)
- Uncertainty(不確実性)
- Complexity(複雑性)
- Ambiguity(曖昧性)
この単語を見てもわかるように、VUCA時代とは「常に変動し、不確実であり、混沌としている」のです。毎年のように思いもよらないところから旺盛な需要が発生し、いつの間にか消失している……最近のビジネストレンドを見ると、まさにVUCAと呼ぶにふさわしいと感じます。このような時代にあって「市場の見極め」を正確に行うのは不可能に近いでしょう。
「常に右肩上がり」は存在しえない
コロナ禍でもオンラインシフトの影響から、新しい市場が生まれています。メタバースはその代表格ですが、これも本当に定着するかは未知数です。ただひとつ言えることは、「VUCA時代では、常に右肩上がりのビジネスを作ることは不可能に近い」ということです。新規事業を立ち上げるにしても、市場が形成される前後を狙って素早く参入し、万が一損失を出したり、旨味が失われてしまったりした場合は、迅速に撤退する柔軟性を持っていなければなりません。
以上のことを踏まえると、「明確な撤退条件」のもとに「有機的かつ迅速に組成できるチーム」を運用しつつ、新規事業に取り組むべきだと考えられます。
有機的かつ迅速なプロジェクト構築が鍵
中小企業が狙うべき市場が、「限定された“濃い“市場」であることは、以前述べたとおりです。限定された濃い市場は、自然発生と消失を繰り返しており、まさにVUCAと呼ぶにふさわしい市場です。ただし、市場が形成される前に行動し、素早く収益化することができれば、新規事業として成立する可能性は十分にあります。
VUCA時代にあって限定された“濃い“市場をキャッチするためには、「コンパクトに、柔軟に、迅速に」プロジェクトを開始できる方法論が必要です。また、失敗のダメージを最小限にとどめるため、撤退条件を定量的に定めておく必要があるでしょう。
バーチャル経営では、こうした「VUCA時代を生き抜くための事業(プロジェクト)構築」を実践しようと考えています。具体的には、次のような方法を用います。
- バーチャル社員を「専任」ではなく「兼任」で起用する
- The PODSモデルによるアジャイル的で網羅性をもった小規模チーム
- 時間当たり採算による撤退条件の定量化
「The PODs」は、海外の大手企業で採用されている組織モデルのひとつです。The PODsでは、アジャイル的な組織を「POD」と呼ばれる小規模なチームによって実現しています。また、「時間当たり採算」は、アメーバ経営でも採用されている付加価値の計測方法です。バーチャル経営では、この2つと「バーチャル社員」を組み合わせることで、有機的で迅速なプロジェクト構築を実現し、撤退条件も明確にすることを旨としています。
まとめ
ここでは、VUCA時代に新規事業を軌道に乗せるためのヒントを紹介してきました。「バーチャル社員」「The PODs」「時間当たり採算」は、中小企業の新規事業を成功させるための鍵になると考えています。次回は、これら3つの要素を用いた新規事業用の組織体制「バーチャルチーム」について解説します。