前回の記事ではビジネスモデルキャンバス(BMC)の概要や基本的な作成方法について解説しました。実はBMCは、かの有名な「ドラッカー5つの質問」と共通する部分があります。また、ドラッカー5つの質問を理解することで、より実現性の高いBMCを作成することが可能だと考えています。
ドラッカー5つの質問を理解するとBMCが見えてくる
ドラッカー氏の発言には、イノベーションと新規事業の創出を検討するうえで参考にすべき内容が含まれています。以前の記事でも「イノベーションのための7つの機会」を紹介しましたが、今回は「ドラッカー5つの質問」に目を向けてみます。
ドラッカー5つの質問とは
ドラッカーは、経営者が事業を成功させるために次の5つの質問に対する答えを用意すべきだと述べています。
第1の質問 われわれのミッションは何か
第2の質問 われわれの顧客は誰か
第3の質問 顧客にとっての価値は何か
第4の質問 われわれの成果は何か
第5の質問 われわれの計画は何か
山下淳一郎. ドラッカー5つの質問―――成功を収める企業とそうでない企業はどこが違うのか (p.3).
株式会社あさ出版. Kindle 版.
それぞれの質問の意味や考え方をもう少し具体的に掘り下げてみましょう。
第1の質問「ミッション(使命)」
ここで言うミッションとは「自社が社会で実現したいこと」と言い換えることができます。使命をしっかりと定義することで、社会における「役割」が明確になり、どういった行動をとり、どのような顧客と出会うべきかが見えてきます。
第2の質問「顧客」
第1の質問によって輪郭があらわになった顧客像を、より具体的に定義します。BtoBで言えば、「業界」「企業規模」「事業内容」「担当者のポジション」「相手方組織の購買組織」などですね。また、顧客の増減やニーズや欲求の変化なども観察してまとめておくと、ビジネスモデル構築に役立つでしょう。
第3の質問「顧客にとっての価値」
顧客にとっての価値は「顧客が本当に欲しい内容」「満たされていない欲求」などを分析することで導き出せると思います。また、これらを知る方法や、欲求を満たす方法ともつなげておくと良いでしょう。
第4の質問「成果」
成果を定義し、測定する方法と計測方法を具体的に定めます。また、成果はできるだけ目に見える形になるよう心掛け、定量的なものに置き換えましょう。定量的な成果を定義することで、組織として目指すべき方向が明確になるからです。
第5の質問「計画」
計画とは端的に言えば「目標(ゴール)」と「行動(プロセス)」をセットにしたものです。どのような目標に対して、何に労力を集中させるかを決定します。この「何に労力を集中させるか」が定まることで、とるべき行動が明確になっていきます。
ビジネスモデルキャンバスとドラッカー5つの質問のつながり
なぜここまで5つの質問を掘り下げるかというと、質問に対する答えがそのままBMCの作成に役立つからです。具体的には、以下のように5つの質問がBMCの各要素と共通しています。
- VP=使命と価値
- KA=計画
- CS=顧客
- RS=成果
ドラッカー5つの質問は非常にシンプルであり、周囲に対して強いメッセージ性を持ちます。5つの質問に対する答えを活用することで、BMCの重要な役割である「共通言語化」がスムーズに進むと考えられます。
ビジネスモデルキャンバス作成の具体例
では、実際にドラッカー5つの質問を意識しながら、BMCを構成する各要素を決定する手順を解説していきます。ちなみに、前回の記事でも紹介したように「CS:顧客セグメント」もしくは「VP:価値提案」から始める方法がおすすめです。
CS:顧客セグメント
「第2の質問 われわれの顧客は誰か」と共通している要素です。BtoBの場合、価値を提供する対象は「組織」であることが多いです。この組織の性質や規模について具体的に煮詰めていきましょう。
VP:価値提案
「第1の質問 われわれのミッションは何か」および、「第3の質問 顧客にとっての価値はなにか」と共通している要素です。価値提案は「製品やサービスの購入を通じて、顧客が実現したいこと」を念頭に置くと作成しやすいでしょう。例えば自動車業界には、単なる輸送手段や移動手段としてだけではなく「ステータス」や「安全性」などを意識して購入する顧客が存在します。このステータスや安全性こそが、顧客が本当に欲している価値です。製品やサービスは価値を提供する「手段」や「媒体」であることを意識すると、価値提案の本質が見えてくるかもしれません。
CR:顧客との関係
顧客との関係は、「長さ」と「深さ」の両面から立体的に表現することを心がけましょう。例えば、長さについては「売り切り・単発契約」、「継続・長期契約」といった違いがあります。また、深さについては「メンバーシップ・伴走型」であればより深く、「セルフサービス」や「カウンセリング」であれば浅いと考えられます。
CH:チャネル
チャネルは販路や顧客接点、マーケティングの方法などを定めるものです。これは「顧客が製品・サービスを知り、入手する経路」とも言い換えられます。
KA:主要活動
「第5の質問 われわれの計画は何か」と共通する要素です。ビジネスモデルの中でも特に「集中すべきポイント」を明確にしていきます。
KR:リソース
リソースは、いわゆる経営資源と似ていますが「人脈」や「交渉力」など、可視化しにくいものについても可能な限りまとめておくと、ビジネスモデルの裏付けになるでしょう。
KP:パートナー
パートナーは「自社が保有していないリソース」を持つ、協業によって「自社単体では成しえないこと」を実現できるなど、「替えがきかないこと」を意識して網羅するようにしましょう。網羅するようにしましょう。例えば、製品開発に必要な技術を持つ研究機関や、高い製造技術を持つ協力会社などです。
CS:コスト構造
KAおよびKRに必要なコストを可視化します。「人件費」「広告費」などの一般的なコストに加え、原価率や労働分配率など「会計的な指標」も加味することでビジネスモデルに具体性が付与され、共通言語化が進みます。
RS:収益の流れ
「第4の質問 われわれの成果は何か」と共通する要素です。成果が何によってもたらされるのか、またその性質などを網羅的に書き出します。また、「契約継続率」など、成果を定量的に可視化する指標についてもまとめておくと良いでしょう。
ポイントは「VP:価値提案」をどう作るか
以上、ドラッカー5つの質問と対応させながら、BMCを構成する9つの要素について具体的な作成手順を説明しました。バーチャル経営では、これら9つの要素の中でも特に「VP:価値提案」が重要だと考えています。なぜなら、価値提案はビジネスの表裏をつなぐポイントだからです。前回の記事でも解説したとおり、BMCはビジネスの表裏(顧客側、企業側)を表すものでもあります。その中心に位置するのが価値提案であり、ビジネスモデル全体に影響する要素です。
実際に「VP:価値提案」を突き詰めていくと、ドラッカー5つの質問やBMCに従うだけでは不十分だと感じるかもしれません。そこで、また別の方法を用いてみることにしましょう。その方法とは「バリュープロポジション」です。バリュープロポジションは、自社が提供できる価値の本質を凝縮して表現するものです。これについては、次回の記事で解説していきます。
まとめ
ここでは、ドラッカー5つの質問とBMCの共通点や、BMCの各要素の具体例を紹介してきました。もしBMCの作成が難しいと感じた場合は、まずドラッカー5つの質問に対する答えを準備し、それをもとにBMCの作成に取り掛かっても良いでしょう。次回はBMCの中核となる「バリュープロポジション」について解説します。