日本ではイノベーションを「技術革新」と翻訳することが多いです。確かにこれは間違いではないのですが、イノベーションに対する理解を歪めてしまう可能性がある翻訳です。前の記事でも述べたように、日本は今、イノベーションを起こしやすい状況です。新規事業につながるイノベーションを成立させるために、まずはイノベーションに対する正しい理解を身に着けておきましょう。
イノベーション=「技術革新」ではない
冒頭でも述べたように、イノベーションは「技術革新」のみを表す言葉ではありません。そこで、まずは著名な研究者の定義を俯瞰し、イノベーションという言葉の全体像を理解しておきましょう。
シュンペーターの定義するイノベーション
1つ目は、イノベーションという概念の生みの親とも呼ばれるヨーゼフ・シュンペーターによるイノベーション理論です。シュンペーターによれば、イノベーションは下記5つに分類されます。また、5つのイノベーションのいずれか、もしくは複数が組み合わさることで「創造的破壊」が生み出され、大きな経済発展を促すとしています。
新しい生産物の創出(プロダクト・イノベーション)
革新的な製品・サービスの開発によるイノベーションで、一般艇に言われるイノベーションに最も近いものです。
新しい生産方法の導入(プロセス・イノベーション)
現代風に言えば、製造プロセスの革新と言える内容です。大量生産による原価の引き下げや、生産(製造)、販売、在庫を連動させたPSI計画などは、プロセス・イノベーションのひとつと言えるかもしれません。
新しい市場の開拓(マーケット・イノベーション)
それまで存在していなかった新しい市場を開拓することもイノベーションのひとつだと述べています。近年では、スマートフォン市場やスマホ向けゲーム市場が該当するでしょう。また、メタバースのように仮想空間で生まれる市場もマーケット・イノベーションに該当すると考えられます。
新しい資源の獲得(サプライチェーン・イノベーション)
シュンペーターは、生産に必要な原材料や原材料の供給ルート、顧客への配送ルートなどサプライチェーン全体の革新もイノベーションに含まれるとしています。近年では、Amazonなどが展開するECの物流に対する効率化などが挙げられるでしょう。また、オンラインとオフラインを統合し、ネットで見つけた商品を実店舗で体験できる「OMO(Online Merges with Offline)」もサプライチェーン・イノベーションのひとつと言えそうです。
新しい組織の実現(組織イノベーション)
組織イノベーションは、組織改革によって業界にイノベーションを起こすことだとされています。現代風に言えば、DXによって新しいビジネスを立ち上げ、業界内に新たなトレンドを生み出す……という状況が該当しそうです。ちなみにバーチャル経営が提唱する「バーチャルチーム」や「バーチャル社員」も組織イノベーションのひとつだと考えています。
ドラッカーの定義
次に、マネジメントで有名なP・F・ドラッガーの定義するイノベーションです。ドラッカーは、イノベーションを次の2点で定義しています。
「イノベーションとは新たな満足の提供」である
新たな満足は、潜在的な欲求に対する新しい価値の提供であり、これこそがイノベーションだという見解です。
仕事の廃棄から始まり、新しい決定を行い、機会を開拓する。
ドラッカーは、イノベーションには2つの決定があると述べています。その決定とは、「(古い)仕事の廃棄を行うこと」と「新しいことを行うと決めること」です。つまり、イノベーションとは「何かを解決することではなく、機会を見つけ出すことだ」というのがドラッカーの考え方です。
前回の記事でも紹介したように、ドラッカーはイノベーションに7つの機会があるとし、最も重要かつ確実性が高いものとして「日常の中でおこる予期せぬ成功と失敗」を挙げています。つまり、ドラッカーは、イノベーションは特別なものではなく、日常の中で体系的に取り組み、成立させるものだという考え方を提示しているわけです。
クリステンセンの定義
最後は、「イノベーションのジレンマ」で知られるクレイトン・クリステンセンの定義するイノベーションです。クリステンセンは、イノベーションを大きく「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」に分類しています。
「破壊的イノベーション」とは、主要市場においてそれほど注目されていなかった技術が、新たな価値感によって注目され、主要市場を脅かす存在になることです。これに対して持続的イノベーションとは、既存技術とのつながりを持ち、正当に進化した状態を表します。両利きの経営に例えれば、破壊的イノベーションは「探索」、持続的イノベーションは「深化」と言えるかもしれません。このようにクリステンセンの定義は、技術的な連続性に着目しており、この点でドラッカーとは視点が異なります。
中小企業が目指すべき「社会的イノベーション」
現在の日本では、シュンペーターの「プロダクト・イノベーション」や、クリステンセンの「破壊的イノベーション」が「真のイノベーション」として語られることが多いです。
しかし、一般的に製品開発力や技術革新のためのリソースは資本力と直結するため、中小企業がこの2つを起こすことは難しいでしょう。そのため、「組織イノベーション」や「機会の開拓」に注力し、新たなビジネスモデルによるイノベーションを目指す方法が適していると考えられます。そこでバーチャル経営では、特にドラッカーが提唱する「社会的イノベーション」に注目すべきだと考えています。
ドラッカーが提唱する「社会的イノベーション」
ドラッカーは、「イノベーションと企業家精神」の中で、以下のように述べています。
イノベーションは技術に限らない モノである必要さえない。それどころか社会に与える 影響力において、新聞や保険をはじめとする社会的イノベーションに匹敵するものはない。
イノベーションと企業家精神【エッセンシャル版】 p.22(著:P.F.ドラッカー、翻訳:上田 惇生、ダイヤモンド社、2015)
ドラッカーは、イノベーションとはモノに関する事柄とは限らず、すでにあるモノを使って新たな仕組みを生みだすことや、組織の仕組みを変えることでも成立すると述べているわけです。
さらにドラッカーは、日本が1970年代から80年代にかけて大きな経済発展を遂げた陰には、社会的イノベーションがあると解説しています。科学や技術の分野では欧米に後れを取っていたものの、行政や銀行、労働組合などが発展したことで社会全体が成熟していったことが成長の原動力だと説明しているのです。また、社会的イノベーションを成し遂げた後は、技術的イノベーションを模倣し、応用して独自の製品を生み出すことに成功したことも指摘しています。
社会的イノベーションを成功させるための条件
社会的イノベーションを成功させるためには、次のような条件が必要だとされています。
- 機会の分析
- 理論と知覚の融合
- シンプルで集中できるものであること
- 市場の規模にかかわらず何らかの意味でトップを狙うこと
さらに、「強みを基盤とし、働き方や生産方法などビジネスの仕組みの変革を成し遂げること」も重要であると、ドラッカーは解説しています。
一般的な中小企業に当てはめて考えると、「組織体制の刷新」を行いつつ「ビジネスモデルの改革」を進め、他社から先進的な製品・サービスを取り入れることで、イノベーションが達成できる、と理解できます。
特にビジネスモデルの改革は、イノベーションの核とも言える存在です。ビジネスモデルが論理的かつ、第三者に理解できるものでなければ、ステークホルダーを巻き込むことはできません。資金力や人的リソースが乏しい中小企業だからこそ、ビジネスモデルを核にした社会的イノベーションを目指すべきなのです。
まとめ
ここでは、イノベーションの定義と種類、中小企業が目指すべき「社会的イノベーション」について解説しました。社会的イノベーションは、組織改革やビジネスモデル改革を苦手とする中小企業こそ、真剣に取り組むべきものだと考えています。次回は、「ビジネスモデル」について解説します。