前回の記事では、ドラッカー5つの質問とビジネスモデルキャンバス(BMC)の共通点や、BMCの具体的な作成方法について解説しました。また、BMCを構成する9つの要素のうち、最も作成に労力を要するのは「VP:価値提案」であることにも触れました。今回は引き続き、BMCの核ともいえる「VP:価値提案」と「CS:顧客セグメント」の作成に役立つ考え方として「バリュープロポジション」を紹介します。
バリュープロポジションとは
バリュープロポジションとは、「顧客が必要としているものと、企業が顧客に提供できる価値」を表したものです。BMCにおきかえると「CS:顧客セグメント」と「VP:価値提案」に該当します。この2つと同じような内容を含みつつ、より具体的に価値の内容や顧客の課題を表したものと考えてください。
一般的にバリュープロポジションは「顧客の痛みと課題を解決できる自社独自の価値」であるべきと考えられています。また、だれが顧客であり、どういった痛みを抱え、課題として認識しているかといった内容も含まれます。さらに、痛みや課題を解決するための機能、製品カテゴリーなどもバリュープロポジションの構成要素です。
BMCとバリュープロポジションはそれぞれ独立した手法です。しかし、BMCの核である「VP:価値提案」と「CS:顧客セグメント」との関係性を掘り下げるため、「強いバリュープロポジション=優秀なBMC」という図式が成り立つと考えられます。
過去の記事でも説明したように、BMCの作成ではビジネスの表側(右側)を「CS:顧客セグメント」から、裏側(左側)を「VP:価値提案」から開始します。
つまり、バリュープロポジションをしっかりと創り上げていくことでBMCの精度もあがり、説得力が生まれてくるというわけです。
PMF(プロダクトマーケットフィット)にも活用
PMF(プロダクトマーケットフィット)とは、「製品・サービスが市場にフィット(適合)している状態」を表す言葉です。もう少しわかりやすく言い換えると、「自社製品・サービスが市場と顧客に受けいれられている状態」ですね。新規事業が軌道にのるかどうかは、PMFが達成されるか否かにかかっています。実際に現在成功している国内外のスタートアップ企業は、新規事業の開始にあたって強いバリュープロポジションを創り上げています。
バリュープロポジションは、新規事業がPMFの達成につながるかどうかを予測するための重要なツールです。したがって、企業家や投資家はバリュープロポジションを非常に重視します。
BMCのコア「VPC(バリュープロポジションキャンバス)」の作成方法
バリュープロポジションを分かりやすく図式化したものが「バリュープロポジションキャンバス(VPC)」です。VPCを用いることで自社独自の価値や顧客の痛み(課題)が具体的に可視化されます。以下は、VPCの簡単なモデル図です。
実際にVPCを作成する際のステップについても見ていきましょう。
VPC作成のステップ1 :顧客セグメント側
VPCを作成するにあたっては、まず提供価値の内容と顧客セグメントをざっくりと決定します。次に、「CS:顧客セグメント」のうち、以下の3つを確定させましょう。顧客セグメント側から埋めていくことで、潜在ニーズをとらえた価値提案につながるためです。
- Customer Job…顧客が解決したい課題(欲求)は何か、顧客が抱えている仕事は何か
- Gains…顧客の利得、プラスに感じることは何か
- Pains…顧客の苦痛、悩みは何か
特に重要なのは「Pains」かもしれません。この部分は「不便というよりも苦痛」といったイメージで考える良いですね。苦痛がピックアップされると、Customer Job(課題)も「あったら良い(Nice to Have)」ではなく「切実に欲しい(Must Have)」という内容につなげることができます。
VPC作成のステップ2 :バリュープロポジション側(企業側)
顧客セグメント側の内容が埋まったら、それに対応させるようにバリュープロポジション側も書き出していきます。こちらは「企業側」ですから、顧客の苦痛や課題をどのように解決するかという視点が必要です。
- 製品やサービス…自社が想定している製品やサービス
- Gain Creators …顧客に利益をもたらすもの
- Pain Relievers …顧客の悩みを取り除くもの
VPC作成のステップ3:左右を比較し、ズレを解消する
企業側と顧客側の内容が一通り埋まったら、最後に2者を比較していきましょう。VPC作成の目的は、「バリュー(価値)がニーズ(欲求)に合致しているか」をチェックすることです。顧客セグメント側を中心としてバリュープロポジションの内容に違和感がないか、しっかりと芯をとらえているかという視点でチェックしていきましょう。
VPCが新規事業につながらないことも
このようにVPCは、BMCの中でも特に重要な「VP:価値提案」「CS:顧客セグメント」を深堀りし、整理してイノベーションと新規事業の創出につなげることができます。BMCとVPCはどちらを先に作成しても構いません。しかしバーチャル経営では、BMCよりも前に作成することを推奨しています。VPとCSがはっきりすれば、それだけで新規事業の種になり得るからです。
しかし、当然のことながらすべてのVPCが新規事業につながるわけではありません。VPCがいくら良くできていても、新規事業につながらないケースは沢山あります。例えば次のようなケースです。
市場そのものが無い
顧客セグメントで「痛み」や「課題」を明確にできたとしても、市場が存在しているとは限りません。むしろ新規事業の場合、市場が無い(もしくは規模が推定しにくい)ことのほうが多いでしょう。痛みや課題があることと、それが市場として成立することは別の問題です。新規事業ですから市場が無いところを狙うのは珍しくありませんが、「目指す価値がある市場」「市場の発展が見込めるか」などを見極める方法は持っておきたいところですね。
机上の空論になりがちである
VPCやBMCはビジネスモデル構築のノウハウとして完成されています。それゆえに机上の空論になりやすいという弱点もあるわけです。特に問題になりがちなのが「あったら良いな」というレベルのアイディアをビジネスモデル化したものの、最終的にコストの大きさや代替手段の存在がネックになってお蔵入りになるケースですね。
新規事業につながるVPC作成を
繰り返すようですが、VPCの強みは「世に出ていない潜在的なニーズを可視化し、自社が提供できる価値と比較してビジネスモデルを構築できる」ことです。しかし、ビジネスモデルを構築することが目的になってしまうと、実効性が失われるという弱点も持っています。この点をしっかりと意識し、新規事業につながるようなVPC作成の方法も学んでいきたいところです。
まとめ
ここでは、バリュープロポジションの概要と可視化のためのワークフローとしてVPCを紹介しました。BMCとVPCはどちらもビジネスモデルを構築するための方法論ですが、両者は密接に関連しているため、併用することをお勧めします。次回は「新規事業につながるバリュープロポジション」について解説します。